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大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)94号 判決 1986年7月18日

大阪市住吉区南田辺五丁目二八番三四号

原告

松本修

右訴訟代理人弁護士

香川公一

大阪市平野区平野西二丁目二番二号

被告

東住吉税務署長

北居俊夫

右指定代理人

笠原嘉人

足立孝和

内林慶裕

藤島満

岸本卓夫

西岡達雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五七年二月二五日付で原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税についてした各公正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主分同旨

第二当事者の主張

一  請求要因

1  原告は、広告ビラ折込業を営むものであるが、昭和五三年ないし昭和五五年の各年分の所得税について、別表一の確定申告欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は、別表一の更正欄記載のとおりの各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右各更正処分と過少申告加算税の各賦課決定処分を「本件各処分」という。)をした。

2  そこで、原告は、昭和五七年三月二日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、同年六月二九日、異議棄却の決定をしたので、原告は、更に同年七月二一日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、昭和五八年六月一〇日、審査請求棄却の裁決をし、右裁決は、そのころ原告に送達された。

3  しかし、被告がした本件各処分は、次のとおり、手続的にも内容的にも違法である。

(一) 手続的違法

所得税法二三四条の質問検査権を法の支配の原理あるいは租税法律主義の原則に照らし解釈すれば、立会人の排除を許容する旨の規定がない以上、少くとも納税者の要求があつた場合は立会を認めるべきである。しかるに、被告の部下である白井署員は、昭和五六年一〇月一二日及び同月二〇日ころ、原告方事業所に計測各年分の原告の所得調査のため臨場した際、原告の依頼で民主商工会の事務局員らが立会つていたことを一方的に調査妨害と決めつけ、右立会を拒否し、原告が帳簿その他実額調査が可能な資料を準備して調査に対する協力態勢をとつていたにもかかわらず、帳簿の提示要求等をすることもなく、調査困難という名目のもとに調査を放棄して帰り、直ちに反面調査をして、一方的に推計による更正処分をしたものであり、このような違法な税務調査手続に基づく本件各処分は、憲法の要請する適正手続の保障を欠く違法な処分である。

(二) 被告がした本件各処分は、いずれも原告の所得を過大に認定したものであるから違法である。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の(一)、(二)の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分に至る経緯及び手続の適法性

(一) 被告は、原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税調査のため、昭和五六年九月三〇日から本件各処分に至るまでの間、四回にわたり、部下職員を原告の事務所に臨場させ、原告に対し、右各年分の所得金額算定の基礎となるべき帳簿書類等の提示及び確定申告書記載の所得金額の計算根拠等の説明を求めたが、その際原告は、無資格な第三者たる民主商工会の事務局員らの立会がなければ調査に協力しないとの態度を変えず、結局帳簿書類等の提示をしなかつた。そこで、被告の部下職員は、やむなく、原告の取引先等を調査し、その調査結果に基づいて、推計により係争各年分の原告の所得金額を算定したところ、各年分とも原告の申告類を上まわつたので本件処分をした。

(二) したがつて、被告の本件税務調査及び推計課税の手続に何ら違法な点はなく、また本件で推計課税の必要性があつたことは明らかである。

2  事業所得金額

被告が主張する原告の係争各年分の事業所得金額は、次のとおりであり、その明細は、別表二記載のとおりであつて、右各事業所得金額の範囲内でなされた本件各処分については何ら違法はない。

(一) 昭和五三年分 五六九万一八八一円

(二) 昭和五四年分 八〇四万二九四五円

(三) 昭和五五年分 一〇三三万三三七円

3  事業所得金額の内訳

(一) 売上(収入)金額

原告の係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細書は、別表三記載のとおりである。

(1) 昭和五三年分 七八四〇万五五三円

(2) 昭和五四年分 一億一五三九万三七三七円

(3) 昭和五五年分 一億六一三五万八四二七円

(二) 売上原価及び一般経費

原告の係争各年分の売上原価及び一般経費は、前記(一)の原告の各年分の売上金額に、原告と同種の事業を営む同業者(以下「同業者」という。)三名の当該各年分の売上原価・一般経費率(売上原価と一般経費の合計額の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したもので、その金額は、次のとおりであり、その算出根拠は、別表四記載のとおりであつて、同業者の売上原価・一般経費の内訳は、別表五記載のとおりである。

(1) 昭和五三年分 六六四〇万五二六八円

(2) 昭和五四年分 九八七七万七〇三八円

(3) 昭和五五年分 一億三六七六万七四〇二円

(三) 特別経費(雇人費)

原告の係争各年分の雇人費の金額は、前記(一)の原告の各年分の売上金額に同業者三名の雇人費率(雇人費の売上金額に対する割合)の平均値を乗じて算出したもので、その金額は、次のとおりであり、その算出根拠は、別表六記載のとおりであつて、同業者の雇人費の内訳は、別表五記載のとおりである。

(1) 昭和五三年分 六三〇万三四〇四円

(2) 昭和五四年分 八五七万三七五四円

(3) 昭和五五年分 一三八六万六八八円

(四) 事業専従者控除

原告の昭和五五年分の事業専従者控除額は、所得税法五七条三項の規定による法定額四〇万円である。

4  推計の合理性

被告は、原告の本件係争各年分の所得金額を推計するに当り、原告と類似した同業者三名の売上原価・一般経費率、雇人費率の各平均値を適用したが、原告との事業内容の類似性を担保するために、右同業者としては、近畿折込広告組合及び原告の加盟する南部折込協力会に加盟する同業者の中で、大阪市内に事業所を有し、青色申告書により確定申告書を提出しているもののうちから、係争各年分を通じて、次のすべての基準に該当する者を選定した。

(一) 新聞広告折込業を営み、他の業種を兼業していないこと

(二) 売上金額が四〇〇〇万円から三億二〇〇〇万円までであること

(三) 年間を通じ、継続して事業を営んでいること

(四) 係争各年分について不服申立て又は訴訟係属中でないこと

そして、右のとおり選定した三名の同業者(いずれも法人)が、所轄税務署に提出した係争各年分の青色申告の法人税確定申告書(修正申告書を含む。)に基づいて、別表五記載のとおり、同業者の係争各年分の平均売上減価・一般経費率及び同雇人費率を求め、これを適用して原告の本件係争各年分の所得金額を算定した(なお、同業者はいずれも法人であるので、一般経費率については、これを個人換算した数値を計上している。)

被告が採用した前記三名の同業者の業種は、原告と同一であり、業態及び規模も原告と類似しており、右同業者の平均売上原価・一般経費率及び同雇人比率の算出資料もすべて正確なものであるから、被告が本件同業者の売上原価・一般経費率等を適用して原告の本件係争各年分の所得金額を推計したことには合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1の事実は争う。

2  同2、3中の事実中、後記原告の反論1、2に反する部分は争う。

3  同4の事実は争う。

4  被告が選定した同業者は近畿折込広告組合加盟の業者に限定されているものと思われるが、右同業者と、原告の所属する南部折込協力会の業者との間には、その経費率に大きな違いがある。すなわち、右組合加盟の業者は、各新聞販売店との間で各種の協定ないし談合のもとに折込委託手数料を低額に押えており、他方右組合加盟者でない業者、高額な右手数料の要求を新聞販売店から受け、それに応ぜらるを得ない状態で営業を続けているのであつて、このような原告の業務内容の特殊性を考慮しない本件の推計方法は合理性を欠くものである。

五  原告の反論

1  原告の事業所得金額(実額)は、次のとおりであり、その明細は、別表七記載のとおりである。

(一) 昭和五三年分 一二五万一〇〇八円

(二) 昭和五四年分 一五五万六四〇円

(三) 昭和五五年分 二七九万二六〇円

2  事業所得金額の内訳

(一) 売上(折込広告料収入))金額

原告の係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細は、別表八記載のとおりである。

(1) 昭和五三年分 一億八二九万七九一五円

(2) 昭和五四年分 一億三〇九七万九一六七円

(3) 昭和五五年分 一億五八三六万九七円

(二) 経費等の明細

原告の係争各年分の新聞舗折込手数料、一般経費、特別経費の内訳は、別表七記載のとおりであり、うち減価償却費の明細は別表九に、給与手当(雇人費)の明細は別表一〇の1ないし8に、地代家賃・配達依頼費・支払利息の明細は別表一一の1ないし8に、それぞれ記載のとおりである。

六  原告の反論に対する被告の認否及び主張

1  原告の反論1の事実中、別表七記載の昭和五三年分及び昭和五四年分の売上金額(折込広告料収入)及び係争各年分の申告所得金額は認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実中、昭和五三年分及び昭和五四年分の売上金額は認めるが、その余の事実は否認する。但し、原告主張の右売上金額は、被告が反面調査により把握した売上を大幅に上回るものであり、他にも売上の脱漏がある可能性が強い。

3(一)  本件のように、被告が推計課税について一応の立証をしている事案において、原告が所得の実額を主張して推計の合理性を争うには、その主張する収入及び経費の各金額が存在すること、その収入金額がすべての取引先からのすべての収入金額(総収入金額)であること、その経費がその収入と対応するもの(必要経費)であることの三点を立証しなければならないと解される。しかるに、原告は、本件各処分前の税務調査の段階、不服審査手続、本訴を通じて、売上実額を把握しうるに足る帳簿、記録を全く提出しようとせず、売上実額に関する立証は何らなされていないし、全部の売上先(別表八の「その他多数」)すら明らかにしようとしない。被告は、原告の取引先である住友銀行南田辺支店及び幸福相互銀行南田辺支店に対して反面調査を実施し、原告の普通預金口座に入金された小切手及び振込入金を調査し、これによつて右に限定された範囲で原告の売上を把握したものであるところ、原告主張の売上金額は、少くとも昭和五三年分及び昭和五四年分において、被告の把握した右売上金額を上回るものであり(特に、昭和五三年分の売上は、被告の右把握額を三〇〇〇万円近く上回るものである。)、また、本件では、売上先から小切手が銀行に入金されず、他に回ることがあること、更に一割前後の現金売上の存在することなどの諸事情も認められるのであるから、原告には被告の把握した右銀行入金分のほか、相当巨額の売上のあることが推測されるのであつて、原告がその売上の全体を明らかにする帳簿、記録を提出しない限り、売上、経費、所得についての実額計算は不可能である。

(二)  また本件では、経費それ自体についても実額の立証がないというべきであるし、経費と収入との対応関係も明らかではない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件各処分の手続的適法性

原告は、本件各処分は、違法な税務調査手続に基づくものであつて、違法な処分である旨主張するので、まず、この点について判断する。

1  証人白井博の証言によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告の部下職員である白井博は、原告の係争年分の所得税に関する調査のため、昭和五六年一〇月一二日、原告方事務所に赴いたが、その場には民主商工会の事務局員ら四、五名が同席していたので、白井は、そのまま調査に入ることは税務署員に課せられる守秘義務等の関係で不適当と考え、原告に対し、右のような第三者らの立会がある限り、調査を進められないので、立会をやめてもらうよう要請したが、聞き入れられなかつた。

(二)  その後白井は、原告に対し、立会なしでの調査への協力を電話で依頼したところ、原告もそれにつき考えてみるとの返答であつたため、同年一〇月二〇日、再び原告方事務所に赴いたが、前回同様、民主商工会の事務局員ら四、五名が同席しており、白井が原告に立会をやめてもらうよう要請しても応じてもらえなかつた。なおその際、白井が原告に対し、収支計算書や帳簿類の提示を要求したところ、原告は、収支計算書らしき紙を手にしてちらつかせたものの、立会を認めてくれない限りは見せられないと答え、右書類等を一時預からせてほしいとの白井の要請にも応じなかつた。

そこで、白井は、原告に対し、以後取引先等の反面調査に入る旨を告げて帰署した。

(三)  白井は、取引先等に対する調査後に、その結果を説明するべく、昭和五八年一月二五日、原告方事務所に赴いたが、その際も、民主商工会の事務局員らが原告と同席していたため、白井と原告のやりとりは、第三者の立会排除の問題に終始し、結局、原告からの事業内容、終始の状況等についての説明の聴取や白井からの調査結果等の説明に入ることなく終つた。

以上の事実が認められ、証人芳賀勝の証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右できる証拠はない。

2  右1で認定した事実によると、本件の税務調査手続に何ら違法な点は認められないうえ、被告が原告の帳簿等から原告の係争各年分の所得の実額を算出することは不可能であつたことは明らかであるから、推計による課税処分の必要性があつたというべきである。

原告は、被告の部下職員が民主商工会の関係者の立会の下での調査を拒否したことを違法と主張する。

しかし、所得税法二三四条に基づく質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目ついては、実定法上特段の定めがないのであるから、客観的にみて質問検査の必要があり、かつ相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられているものと解すべきである。

これを本件についてみると、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三によると、原告が被告に提出した係争各年分の所得税確定申告書の記載があるだけで、収入金額、必要経費等所得金額算定の基礎となる明細の記載が全くなかつたことが認められるから、本件では客観的にみて質問検査の必要があつたことは明らかであり、また右質問検査は、調査対象者の資産、営業上の秘密に立入るのみならず、取引先たる第三者の右秘密事項にも調査が及ぶおそれのあること、さらに税理士の資格を持たない第三者の立会は、、その具体的態様いかんによつては税理士法違反となる可能性がないとはいえないことなども考慮すれば、被告の部下職員が、原告の要求した民主商工会の事務局員らの立会の下での調査を拒否したことは税務職員の裁量に委ねられた権限の範囲内の行為であつて、これをもつて右にいう社会通念上相当な限度を逸脱した行為とすることはできない。

三  そこで、原告の本件係争各年分の所得金額について検討する。

1  原告は、新聞折込広告取扱業(広告ビラ折込業)を営む者であることは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告の営業形態は、注文主(取引先)からちらし広告の配布の依頼を受け、各新聞販売店に対し、折込手数料を支払つて右ちらしの折込を依頼し、注文主(取引先)からは、広告料として、右折込手数料に原告自身の手数料を加えた金額の支払を受けるというものであつて、右注文主から支払を受ける金額が売上金額に、新聞販売店に支払う折込手数料が売上原価に、右売上金額から売上原価を差引いた金額(原告の手数料)が売上差額(粗利益)に相当するものであることが認められる。

2  本件係争各年分の原告の事業所得金額

(一)  売上金額(折込広告料収入)

(1) 被告は、原告の昭和五三年分、五四年分の売上金額として、原告の取引銀行(住友銀行南田辺支店及び幸福相互銀行南田辺支店)への取引先からの手形、小切手等の入金額等により把握し得た金額、すなわち、昭和五三年分が七八四〇万五五三円、昭和五四年分が一億一五三九万三七三七円である旨を主張し、これに対して、原告は、右売上金額は、昭和五三年分が一億八二九万七九一五円、昭和五四年分が一億三〇九七万九一六七円で、いずれも被告主張金額を超えるものと主張していて、少くとも被告主張の金額の売上があることを明らかに争わないものである。

そうすると、被告の主張する推計による昭和五三年分、五四年分の所得の算出に当つては、原告に有利な被告主張金額を基準とするのが相当であると考えられる。

(2) 次に昭和五五年分の売上金額について検討すると、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七ないし第一〇号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、昭和五五年一月一日から同年一二月三一日までの間に、原告の取引銀行である住友銀行南田辺支店及び幸福相互銀行南田辺支店の原告の預金口座に入金のあつた金額(手形、小切手、一部は現金振込)は、計一億六〇一〇万三七八一円であり、右金額はすべて取引先からの広告料収入であること、右期間中に原告が右入金額のほかに取引先の株式会社ドウプチから広告料として現金で受領した金額は、一二六万二一〇〇万円であることが認められ、右認定に反する証拠はないから、昭和五五年分の原告の売上金額は、少くともこれらの合計の一億六一三六万五八八一円となることが明らかである。

(3) したがつて、原告の係争各年分の売上金額は、被告主張のとおり昭和五三年分が七八四〇万五五三円

昭和五四年分が一億一五三九万三七三七円

昭和五五年分が一億六一三六万五八八一円となるが、原告に有利な被告主張を所得額算定の基準とする。)となる。

(二)  売上原価及び一般経費

(1) 証人西岡達雄の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二、第三号証の各一、二に弁論の全趣旨を総合すると、大阪国税局直税部国税訟官室勤務の西岡達雄は、推計による所得算出に必要な同業者選定につき、原告と営業種目、営業規模等の類似性を担保するために、まず、原告の事業所の所在地を管轄する東住吉税務署及びこれに隣接する五税務署の管内において、係争各年分について青色申告書により確定申告書を提出している個人のうち、新聞折込広告取扱業を営んでいる者を調査したが、適切な同業者が見当たらなかつたので、次に、東住吉税務署管内の新聞販売店と取引している同業者が加盟する近畿折込広告組合及び南部折込協力会所属の業者から同業者を選定することとし、右組合、協力会に加盟している業者計四九名のうち、青色申告書により確定申告書を提出している法人または個人であること、新聞折込広告取扱業を営んでおり、それ以外の業種を兼業していないこと、売上金額が被告の把握し得た係争各年の原告の売上金額中最も少い昭和五三年の売上金額の約五〇パーセントから、最も多い昭和五五年の売上金額の約二〇〇パーセントまでの範囲内の四〇〇〇万円から三億二〇〇〇万円までであること、年間を通じ継続して事業を営んでいること、係争各年分について不服申立又は訴訟継続中でないこと、という基準のすべてに該当する同業者を調査したところ、右基準に該当する同業者が三名(いずれも法人)存在したこと、そこで被告は、大阪国税局長の一般通達に基づき、右同業者の事業所の所在地を管轄する東淀川税務署長及び東成税務署長に対し、右同業者の係争各年分(但し、決算期が六月末あるいは九月末のものについては、その前年の七月一日あるいは一〇月一日から一事業年度)の法人税確定申告書に添付の決算書に基づき、売上金額(折込広告料収入の金額及び雑収入金額。但し、雑収入のうち、個人換算するうえで、事業所得以外の種類の所得になるものは除き、明らかに費用補填的な雑収入についてもその費用から減算する。)、売上原価及び一般経費(右決算書記載の営業損益、営業外費用のうち、給料賃金、地代家賃、利子割引料、税理士報酬、貸倒損失及び貸倒引当金繰入額を除き、また租税公課については、一般経費として計上された法人税、府市民税及び延滞税等は減算し、また納税充当金から支出した事業税があれば加算する。)、雇人費(但し、代表者とその妻に対するものは除く。)を記入した同業者の損益計算書整理表の作成、提出を求めたところ、右局長に対し、東淀川税務署長から同業者Aの、東成税務署長から同業者B及びCの各損益計算書整理表が送付されたこと、右整理表に基づいて本件係争各年分の同業者三名の売上原価・一般経費率の平均値及び雇人費率の平均値を算定すると、別表五記載のとおり、同業者売上原価・一般経費率の平均値は、昭和五三年分が八四。七〇パーセント、昭和五四年分が八五。六〇パーセント、昭和五五年分が八四。七六パーセント、同業者雇人費率の平均値は、昭和五三年分が八。〇四パーセント、昭和五四年分が七。四三パーセント、昭和五五年分が八。五九パーセントになること、以上の事実が認められる。

右認定の事実によれば、原告の所得を推計するための同業者売上原価・一般経費率、同業者雇人費率を算出する目的で、被告が選定したAないしCの同業者三名の選定基準は、業種、業態の同一性、事業規模の近似等の点で、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであり、右同業者の選定にあたつて被告の恣意の介在する余地は認められないうえ、右各同業者は、いずれも一定期間事業を継続する青色申告者であつて、その申告が確定していることから、右同業者の売上原価・一般経費等の算出根拠となる資料は正確性の高いものと考えられる。

(2) 原告は、被告の選定した同業者は、近畿折込広告組合加盟の業者に限定されているものと考えられるところ、右組合加盟の業者と原告の所属する南部折込協力会の業者との間には、経費率に大きな違いがあるから、このような特殊事情の存在を考慮しない被告の推計方法は合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、同業者率による推計の方法が平均値による推計である場合には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象されるから、原告の営業条件が当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、そもそも、右同業者が、いずれも近畿折込広告組合加盟の業者であることを認めるに足る証拠はないし、右組合加盟の業者と南部折込協力会所属の業者との間に、平均値による推計を不合理ならしめる程顕著な経費率の差異を生じさせるような特殊事情が存在することを認めうる証拠も存しない。

もつとも、原告本人尋問の結果中には、昭和五三年及び昭和五四年当時、右組合加盟の業者については、各新聞販売店が、業者の手数料(売上差益)を売上金額の二割五分認めていたのに、右組合に所属していない業者(そのほとんどは南部折込協力会に加入している。)については、右手数料を売上金額の二割しか認めていなかつた旨の供述があるが、右本人尋問の結果によつても、原告の営業区域のうち、三〇パーセント位の地区では、原告に対しても、右手数料を二割五分認めていたというのであるから、原告の売上差益率は営業区域全体では平均して二一・五パーセントとなり、これは、前掲乙第二号証の二、第三号証の二により認められる同業者の売上差益率(売上差益の売上金額に対する割合)の平均値昭和五三年二二・〇六パーセント、昭和五四年二一・〇九パーセント、昭和五五年二一・五一パーセントとほとんど差がないのであつて、右供述によつて原告と同業者との営業条件に、顕著な差異が存するものと認めることはできない。

(3) そこで、前記(一)の原告の係争各年分の売上金額に、右同業者の売上原価・一般経費率の平均値を乗じて原告の本件係争各年分の売上原価・一般経費の金額を算出すると、

昭和五三年分が六六四〇万五二六八円

昭和五四年分が九八七七万七〇三八円

昭和五五年分が一億三六七六万七四〇二円

となる。

(4) 原告は、売上原価(折込手数料)及び一般経費の額は、別表七記載のとおり売上原価については、

昭和五三年分が八九八二万一六七〇円

昭和五四年分が一億七〇〇万一四〇七円

昭和五五年分が一億三一二一万六〇二七円

であり、一般経費(同表経費(イ))については、

昭和五三年分が六三二万二三三七円

昭和五四年分が八六一万三九九三円

昭和五五年分が八四九万七五三九円

である旨主張する。

しかしながら、昭和五三年分及び昭和五四年分の売上原価(折込手数料)及び本件係争各年分の一般経費が原告主張の額であることを認めるに足る証拠は全く存しない。

なお、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし三一を総合すると、原告は、昭和五五年中に新聞販売店に支払つた折込手数料(売上原価)について、支払日、取引先(注文主)、広告ちらしの紙型、部数、支払金額等を記入した帳簿(甲第八号証の一ないし三一)を作成していることが認められ、これに基づいて同年分の原告の売上原価を算出すれば、一億三一三八万五一七〇円となる。

しかしながら、原告が所得の実額を主張して、被告の推計の合理性を争うには、単に収入及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ経費の額がその収入と対応する経費であることをも立証しなければならないというべきである。けだし、限定的に把握された売上金額から、経費についてのみ総額を差引くことによつて算出された金額が所得の実額に近似しない数値となることは明らかであるからである。

本件についてこれをみると、原告の昭和五五年分の総売上金額についての立証はなく、原告本人尋問の結果によれば、原告の売上中には、前記(一)(2)で認定した被告主張にかかる金額のほかにも、小口の現金売上の存在することが認められること、また昭和五三年分及び昭和五四年分の売上金額について、原告の取引銀行への入金額と被告の把握し得た現金受領額とを基本にして算出された額(別表三)と、原告主張の額(別表七)との間には、昭和五三年分で二九〇〇万円以上、昭和五四年分で一五〇〇万円以上の開差があることからすれば、昭和五五年分についても、原告の取引銀行への入金額と株式会社ドゥプチからの現金収入額を基本に算出した前記認定の売上金額を超える売上が存在する蓋然性は高いと考えられること、また、原告の取引銀行への入金状況を示す書面(乙第七、第八号証)と、原告の昭和五五年分の新聞販売店への折込手数料支払状況を示す帳簿(甲第八号証の一ないし三一)とを比較対照すれば、右折込手数料支払の帳簿に記載のある取引先について、銀行への入金のないもの(現金売上と考えられる。)が、一、二にとどまらず散見されること(たとえば、甲第八号証の一ないし三一に記載のある取引先中、「フクヤ」、「丸北」、「境マーケット」、「サンコー」、「香が丘マーケット」、「いろは家具」等。もつともこれらの中には、代表者の個人名義で、手形、小切手を振出している場合もあると考えられるが、甲第八号証の一ないし三一に記載のある取引先で乙第七、第八号証に記載のないものと、乙第七、第八号証に記載のある個人名、会社名で甲第八号証の一ないし三一に記載のないものの数を対比すれば、前者の方がはるかに多い。)などの事情が窺われ、これらの事情を合わせ考えると、昭和五五年分の前記認定の売上金額を原告の総売上金額と認めることは到底できない。

したがつて、原告の、同年分についての売上原価の実額の主張は、推計による所得額の算定が合理性を欠くことについての反証とはなりえないものというべきである。

(三)  雇人費

(1) 前記(一)の原告の係争各年分の売上金額に前記同業者雇人費率の平均値を乗じて、原告の本件係争各年分の雇人費を算出すると、

昭和五三年分が六三〇万三四〇四円

昭和五四年分が八五七万三七五四円

昭和五五年分が一三八六万六八八円

となる。

(2) 原告は、雇人費のほか、地代家賃、配達依頼費及び支払利息の各経費についても別表七の経費(ロ)記載のとおり実額を主張する。

しかし、昭和五三年及び昭和五四年分の右各経費のうち、証拠上認定しうるのは、給与手当中、昭和五三年に武田輝男に支払つた八〇万円(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一七号証の二により認める。)と、辻本高明に、昭和五三年に支払つた一五万円、同人に昭和五四年に支払つた九七万二〇〇〇円(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証の二、三により認める。)のみである。なお甲第一七号証の一によると、辻本高明が原告から昭和五三年に四五万円、昭和五四年に二三二万五三一二円の支払を受けた旨記載された昭和六一年四月一日付の同人作成名義の書面が存することが認められるが、右書面はその作成日付からみて給与支給後六年以上も経過して作成されたもので、しかも毎月の支払額の明細の記入もなく、作成に必要と思われる基礎資料も存しないうえ、前記乙第五号証の二、三によると、辻本は昭和五四年分の所得税確定申告に当つては同年分の給与収入を九七万二〇〇〇円と申告し、原告も当時辻本の給与が昭和五三年分一五万円、昭和五四年分九七万二〇〇〇円とする給与証明書を作成していることが認められるから、右甲第一七号証の一の記載をそのまま信用することはできない。そして、他に原告主張の給与手当の支払を認めるに足る証拠はないし、右各年分のその余の前記経費については、何らの立証もない。

そうすると、右認定にかかる雇人費の額は、前記推計による雇人費の額を下回るものであり、推計による所得算定に対する有効な反証となり得ないことは明らかである。

また昭和五五年分の右各経費については、同年分の原告の売上金額の総額についても右各経費と売上金額との対応関係について立証がない以上、右各経費の一部につき、実額の証明があつたとしても、その分を限定的に把握された売上金額から差引いて所得を算出すべきものではないことは前判示のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。

(四)  事業専従者控除

原告の昭和五五年分の事業専従者控除額が、四〇万円(所得税方五七条三項の法定類)であることは、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

(五)  原告の事業所得金額

以上の次第で、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、昭和五三年分が売上金額七八四〇万五五三円から、売上原価及び一般経費六六四〇万五二六八円と雇人費六三〇万三四〇四円を控除した五六九万一八八一円、昭和五四年分が売上金額一億一五三九万三七三七円から、売上原価及び一般経費九八七七万七〇三八円と雇人費八五七万三七五四円を控除した八〇四万二九四五円、昭和五五年分が売上金額一億六一三五万八四二七円から、売上原価及び一般経費一億三六七六万七四〇二円と雇人費一三八六万六八八円とを控除し、さらに事業専従者控除額四〇万円を差引いた一〇三三万三三七であるというべきである。

四  よつて、本件各処分は、原告の右各事業所得金額の範囲内でなされたものであつて、いずれも適法であるというべきであり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 及川憲夫 裁判官 村岡寛)

別表一

課税処分経緯表

<省略>

別表二

係争各年分の事業所得金額の計算

<省略>

別表三

係争各年分の売上金額の計算

<省略>

別表四

係争各年分の売上原価・一般経費の計算

<省略>

別表五

係争各年分の同業者率の計算

<省略>

別表六

係争各年分の雇人費の計算

<省略>

別表七

係争各年分の事業所得金額の計算

<省略>

別表八

係争各年分の売上金額の明細

<省略>

別表九

係争各年分の減価償却費明細

<省略>

別表一〇-1

雇人費の内訳(昭和53年)

<省略>

別表一〇-2

雇人費の内訳(昭和54年)

<省略>

別表一〇-3

雇人費の内訳(昭和55年)

<省略>

別表一一-1

昭和53年経費(ロ)明細

<省略>

別表一一-2

昭和54年経費(ロ)明細

<省略>

別表一一-3

昭和55年経費(ロ)明細

<省略>

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